うわごう径を行く〜武士平・大神楽〜
安達 - 2013-03-06 00:19

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うわごう径を行く。第3回はたわの尾根付近の集落、武士平と大神楽です。
これらは二つの集落はいずれも生きた集落であり、住人の姿も見られたため、廃村というカテゴリには分けられないのですが、うわごう沿いの重要な集落でもあるため、僅かな被写体も逃さない覚悟で臨みました。このときは中山さんも同行し、電波の届かない土地で二度目の撮影です。

 

武士平

ぶしだいら。ブシデーラと呼ぶのが通。仏師が住んでいた集落に落ち武者がやってきたから、仏師平から武士平を名乗ったという都合の良い解釈がありますが、資料がまったくありません。


13時21分、武士平の青い廃屋。
最初に訪れたのは大神楽の外れで、廃屋も何もない、ほんとうにたわの尾根へ至る山道を放し飼いの猛犬に追跡されながら突き進み、あやうくただの登山になるところでした。慌てて引き返し、先に武士平を調査したのですが、この通りの新しい住居で、少々残念です。

 


13時24分、武士平の奥の廃屋。
こちらは比較的古い住居ですが、周囲は完全にクローズされ、あまり接近しませんでした。

 


13時26分、武士平の奥のボイラー。
たわの尾根へいたる径を外れたところでみつけました。鎌北湖にも似たような廃ボイラーがありましたね。この先も確認しましたが、斜面に畑がつくられているだけで、ほんとうになにもないです。平和です、武士平。

 

大神楽

おおかぐら。Google マップにポイントされた地点は現役の集落で、そちらへ踏み込むとなにもない山道へ迷います。
そこへ至るすこし前の位置に、二軒の廃屋をみつけることができます。

14時7分、タイトル画像の白い家。
二階建ての大きな家で、引き戸の向こうには農具などが放置されていました。

 


14時9分、屋内を覗いてみると、家具などが置かれたままで、比較的片付いていました。廃村の廃屋内は、しばしばがらんどうになっていることもありますが、多くはこうして家具や生活の痕跡がそのまま残されており、最後の家人が急遽その家を出ざるを得ない状況に陥ったことを想像させます。障子の剥がれた紙は片付けられていたので、誰かが掃除に来たのでしょう。

 


14時9分、野菜を干すための竹竿を引き上げるための滑車です。
白菜などは半日陰干しして水分を飛ばし、漬け物にしてしまうと日持ちが良いです。

 


14時15分、白い家の奥に隠れていた平屋。
縁側からごっそり崩壊し、破片も見当たらないので、取り壊しの最中に放棄されたのかもしれません。

 


14時19分、平屋でみつけた昭和54年5月13日の東京新聞。
民謡フィーバーとありますが、透明から黒へ30秒で変わるサングラスの広告が気になって仕方ないです。この新聞を床に拡げてよんでいると、猫がやってきて新聞の上にごろんと寝そべるのが昭和の風景でした。

 


14時20分、最新ですが歌謡です。それが70年代。Photoshopも無い時代、写真を印刷した原版をそのまま切り貼りして、奇妙なライティングの合成が仕上がるのです。右からR/G/Bになっていますね。

 


14時21分、レコードがそのまま残っていました。おそらく聴けます。基本的なことですが、撮影後は元あった位置に元の状態で戻します。

 


14時27分、洗濯機。ここには二台の洗濯機が落ちていましたが、いずれも二層式です。

 

14時27分、山の陽が落ちるのは早く、光の注ぐ時間はとても短く、背中を押されるように現地を後にしました。廃村を照らす僅かなあいだの僅かな光は、わたしとわたしの持つ光学器械に時間の滞留を連れてきます。残された誰かの想い出や汗や哀しみが染みついた残渣を発見するとき、それが胎児のみる夢でみた光景の想起であるという特権意識こそが、じぶんのものではないだれかの人生そのものをみたような愉悦であり、ナタナエルがいちじくの木の下にいるのを目撃する瞬間でもあるのです。

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SERIES TOPICS - うわごう径を行く
安達 - 2013-03-08 01:55
大神楽、武士平を後にして、小持山、大持山の向こう側、シリーズ終着点、白岩集落へ至ります。
車で行くには秩父方面からではなく、飯能方面から名栗湖へ向かう70号をひた走り、すれ違うことさえ困難な細い道の終端にある鉱山施設JFEミネラル武蔵野鉱業所に至ります。
白岩集落は最近まで人が住んでいたようで、保存状態の良さも含めてうわごう沿い集落の中でもっとも美しい廃村です。
安達 - 2013-03-03 21:43
嶽集落からうわごう径を南下すると、巣郷集落の土台群を通過し、やがて茶平集落へ至ります。浦山渓谷がダムに沈む前はお茶の生産もやっていたこの集落は完全な廃村となっており、ここへ至る下道の12%勾配と、降った雪が溶けずにアイスバーン化して行く手を遮るのです。
この集落もまた有名ですから、今回、あまり目にすることの無い廃墟に残されたアーカイブと共に、西側廃屋を紹介します。
安達 - 2013-02-28 01:42
秩父浦山渓谷は白岩を起点として武甲南西の山を越え、大神楽、武士平に至り、茶平、巣郷、有坂、嶽、日向集落に通じる険しい山道のことを「うわごう径」といいます。
かつてPS2のホラーゲームSirenの参考にされた高度過疎集落群でもあり、住人の姿は絶えていますが、今回はこのうわごう径沿いの集落群を、白岩ではなく日向から逆に辿ります。
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