駄目な写真を撮る15の方法
安達 - 2013-03-29 23:04

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写真を多くの人に見て貰うためには良い写真を撮らなければならない。カテゴリやジャンルに逃げて「これはそういう写真」と説明しなければ理解も歓心も得られない写真は君が撮らなくても他の誰かが毎日数ペタバイトの勢いで増やして、ネットのインフラを無駄なパケットで埋め尽くそうとしている。彼らも必要な脇役さ。だけど、誰だって一度は注目されたいだろ? それともセンターには立ちたくないかい? じゃあ今すぐ君のクールな一眼を、十年前に買った僕のIXYデジタルと交換してくれないかい。ちょうどサブ機が欲しかったんだ。

良い写真を撮るためのTipsなんて世の中に溢れてる。
でも本当に良い写真を撮っている人たちは、そういうメソッド以上に、「失敗作の製造方法」を熟知していて、体が自然とそこを避けて通る。良い写真を撮るために、何かを目指すことは良いことだ。だけどもう一つのやり方として、「やってはいけないこと」を避けて行くこともできる。それは弱点の補強であり、武士道だ。撮りたいもの、撮るべきもの、直感やセンスなんてものを錦の御旗にして、鉄道敷地内の桜をノコギリで切断するのは写真としてどうなんだい。

僕は読者に教えられるほどの腕前はないけど、やらかしたり見聞きしたおぞましい失敗の数々を共有することができる。これらの失敗はうまくやればぶっ飛んだ作品を生み出す可能性だってあるけど、根拠も狙いもないうちはおとなしくしてた方がいい。

 

1.斜め45°の倦怠感

 
これは残念な写真を撮るためにもっとも必要とされる基礎技術のひとつだ。
被写体が花や球体や丸い皿でもない限り、それには大抵前後左右があるはずだけど、その軸に対して45°前後になるように接近し、真横から、あるいはちょっと上から(これは30°未満が最適だ)俯瞰するような形で撮影する。このとき、自分の影なんかが映り混んじゃってると最高だね。
斜めからの写真は見るものに対して被写体の全容を把握させるに足りる説明的な雰囲気に溢れ、つまり商品写真に使われることが多くて、奥行きも平滑感もなく、ちょうどISO9001の監査前にワードで作成する標準書に貼り付ける写真としても最適なチョイスだ。

 

2.18%グレーの強制

 
僕は薄暗い山奥にある薄暗い――というよりほとんど闇に近い廃屋の中で撮影することもあるのだけど、最近のデジタルカメラは高性能で、外で撮影するのと変らないくらい明るく撮ることができるんだよ。出来上がった写真は何故かブレちゃうんだけどね。
屋内、たとえば撮影可能な博物館で撮影するときなんか、隣でカメラ持った子のシャッター音が「カッチョン」だったりすると、僕の首までカッチョンと折れ曲がってしまう。気づけばいいんだけど、首をひねりながら何度も何度もカッチョン、カッチョンやったあげく、頭の上にピコーンと電球が浮かんで彼はダイヤルぐりぐりISO感度を爆上げするんだ。フラッシュを焚いてフードの影がケラレちゃうより少しマシな解決策だけど、きっと彼は外に出た後も高感度のまま撮り続けるだろうね。

 

3.反射物の前に立つ

 
街で見かけた素敵なショーウインドウの飾りつけ、上野ファッキン公園に設置されてるキラキラ輝くゴミ(オブジェ)、友達が弾いているかっこいいギター、そしてその友達が乗ってきたかっこいいRX-8(痛車仕様)を最高にクールに撮影したんだけど、仕上がった写真のなかに変態的な体勢でカメラを構えるはしゃぎすぎの大人が映り混んでいることがある。僕はちょっとした心霊写真だと思ってるんだけど、この霊は行く先々に現れて、僕の射界に入り込むんだ。霊感のある友達は「悪霊だ」と言うのだけど、僕にはその霊がどうしても他人とは思えなくてね。

 

4.ズームなら寄りも引きも自由自在

 
僕は主に単焦点しか使わないから、ズームレンズを使ってる人がとても羨ましい。特に24-70mmくらいの範囲なら最高だ。広角から中望遠までカバーできる。谷中ぎんざの夕焼けにゃんにゃんを棒立ちで撮影してるイケメンたちを見たことがあるかい? 全景から寄りまで同じ位置で撮影してる。ポイントはテレ端とワイド端しか使わないこと。途中の画角なんて捨てるんだ。それがマッチョの選択だ。

 

5.ISO固定

 
『18%グレーの強制』でも少し説明したのだけど、屋内でISOを上げちゃったとき、ぼくたちはそのまま外に出て撮影を続けてしまう。だけど安心してくれ。最近のカメラはこれまたすごくて、炎天下のなかISO1000で撮影したってへいちゃらなんだ。白くて薄くてザラっとしてるのはカメラの味だと思うけど、まぁ深いことは気にしちゃいけない。ポイントは中途半端なISO感度で撮影することさ。800だとか1250だとか、煮ても焼いても食えない感じの範囲。これなら大抵の環境でシャッタースピードを気にせず撮影できる。

 

6.傾き

 
Googleで「tilt」を検索すると、撃沈寸前の戦艦大和のように傾き、検索結果が海に投げ出されそうだ。
写真にだって傾きは必要さ。だって、画面全体に被写体が入りきれないときなんか、対角線を使うのが賢いやり方だ。傾きすぎて縦横がどちらかわからなくなるくらいがちょどいい。手に持ったカメラでファインダーを確認せずに撮影すると、いつも決まって微妙に傾いてる。カメラが傾いてる? いや違うね、僕じゃなくて世界のほうが傾いてるんだ。印刷した写真も飾るときに傾けるか、君自身がモニタの前で首を傾げるという新しい鑑賞法を推奨するよ。

 

7.太陽を背負う

 
僕が高校生の頃に死んだ爺ちゃんは、家族写真を撮るとき、つねに太陽を背にしていた。そうすることで、すべてをはっきり写し撮ろうとしていたんだろうね。古いカメラと古いレンズだったから、逆光だとものすごいグリーンやパープルのフレアが発生する。オールドレンズファンはそれが堪らないらしいけど、爺ちゃんは嫌っていた。
僕だって太陽を背負って写真を撮る。順光の写真は被写体から影と立体感を奪い、代わりに自分の影が映りこむことさえある。オマケがいっぱい詰まった撮影術なんだ。

 

8.連射する

 

 
ある場面において、とくに動く被写体の撮影において、連射性能は不可欠な機能だけど、ただ連射するだけじゃない。撮影した同じ場面の写真を並べたとき、どれを選ぶか迷いに迷って30枚中20枚を選び出す。自分自身が生み出した傑作のうち3分の1が失われることになったけれど、それは必要な犠牲なんだ。さらに連射した写真を連作として共有サイトに全部公開しちゃえば完璧さ。当然、それが良い写真になるかどうかなんてチラっとも顧みないし、一覧に同じような写真が並んで閲覧者に迷惑がかかるなんて想像すらしない。

 

9.ボケを生かしすぎる

 
一眼に明るいレンズをつけているなら、君は前後をぼかしたとっても素敵な写真が撮れる。
ポイントは限界値まで絞りを開放して、最短撮影距離まで近づくことだ。まるでマクロレンズのような風合いで前後がぼけるだろう? これはコンパクトデジカメにはなかなか実現できないテクニックさ。いったい何を撮ったかよく分からないのはさておき。

 

10.何が撮りたいかわからない

 
『ボケを生かしすぎる』とは逆に極限まで絞った状態でシャッターを切れば、総てをクリアにとらえることができる。昔の有名なカメラマンたちは、こうした絞った写真を好んだ。だって、厳密にフォーカスを合わせる必要がないし、自分が何を主題にしたいかわからないときは、絞ってざくっと撮っちゃえばいいんだからね。
この状態で街撮りに出かけると、いろいろなものを写し取ることができる。目でみたものをクロップしただけのような写真を撮ると、余計なものまでたくさん写ってて、まるでおもちゃ箱のようでわくわくするよね!

 

11.生にこだわる

 
撮影した写真に加工を施すなんてもってのほか。撮ったら撮ったまま、一切なにも弄らず完全に生の状態で出力したものを公開すべきなんだ。現像ソフトなんて許し難い暴挙さ。カメラ本体に保存された画像こそが本物なんだ。ぼくにはベイヤーセンサーもホワイトバランスもRAW画像もよくわからないけれど、生しか認めない!って言っていればなんだかプロフェッショナルな雰囲気が漂って虚栄心が充たされる。
勿論、素子が単色だって噂は耳にしてるけど、僕は攻殻機動隊の新作の方が気になっていてね。

 

12.名所をおさえる

 
観光地のようなところへ赴いたら、君は観光パンフレットを開いて、名所名跡を可能な限り訪れることだ。君が鎌倉出身でも、地方のショボい古民家はみておこう。そして、パンフレットに載せるような塩味の利いた写真を撮る。次のパンフレットの表紙は頂きだ。
当然、名所だから人も多く、同じようにカメラを構える奴らも多い。気にしてはいけない。ぼくらは同じようなカメラで同じ所を同じように撮影する同志なんだ。そしてネット上には、同じようなところを同じように撮った写真が同じような共有サイトに横350pxくらいで膨大に掲載されるという人々の営みに参加することができる。それは創作活動ではないかもしれないけれど、共有サイトのストレージを圧迫するというまっとうな経済活動だからなんら恥じることはない。

 

13.実用的なファッション

 
上下黒ずくめで四角く巨大なカメラバッグを抱え、4段の三脚まで装備した登山スタイルで下町を訪れるとき、ふと視線を感じることがある。ヤフオクで2,800円でゲットしたスリックF740や、使い込んで味が出てきたサンワサプライのカメラバッグ、すり切れ気味のスニーカーに動きやすさを優先した太めの黒パンツ、チェックのシャツはインするのが基本。そして一枚で通年着通せる全天候型のペラいコート(寒い日は下にセーターを着る)というスタイリッシュさがギャルのハートにフォーカルがエイムスしてしまうのかもしれない。
町中ではファッショナブルな君も、山中に出かけるときはもっと気をつけた方が良い。靴底に鉄板を張ったような軍用ブーツに森林明細パターンのパンツとシャツ、藪を進むための軍手だってオリーブドラブカラーを選ぶのがセオリー。猟友会に撃たれたり、熊やスズメバチに襲われたり、遭難したって助けはこないけど、実用的かつシャレオツなスタイルでガイアに囁かれて欲しい。

 

14.人の写真を批判する

 
もっとも容易に虚栄心を充たして、自分自身のカメラテクニックを高める最短の方法は、適当な奴の写真を批判することだ。あまりにもレベル差がありすぎると恥ずかしいことになっちゃうけど、上手いのか下手なのかわからない写真を、とりあえずなんの理論的根拠も説明もなくただ「下手だ」と批判してみるといい。すると、周囲には君が上位クラスの優等生であることを演出できる。あるいは自分の作品を隠して、ただ批判してみるだけでも、君の薄っぺらい虚栄心は充たされ、嫉妬心は薄れ、溜飲が下がるだろう。但し、あまり得意でない言葉を使わない方がいい。喋れば喋るほど、浅い人間性の破片を花粉みたいにばらまくことになるからね。

 

15.捏造する

 
どうしてもうまい写真が撮れないのは、僕たちは最高の瞬間に出会えないだけ。じゃあ、その瞬間を作り出してしまえばいいじゃない。
野鳥を餌付けし、桜の花びらを手づかみでまき散らし、廃墟の邪魔な扉を引きはがし、しばしば枝を折り草木を踏みつけ、駅員や一般客に「邪魔なんだよてめー!!」とヤジを飛ばし、川をせき止めてカワセミのダイブポイントを作り出す。これは公共の場でのスタジオ撮影に過ぎないんだから、誰も君たちを止められない。カメラを持って駅構内を疾走する君たちはこの瞬間国分寺駅の王者なのさ、平民どもが君たちの射界に立つことが罪なんだ。

 

良い写真というのは、根本的に「良い写真」というものの定義から開始されなければならないけれど、その結果は往々にして個人差の議論にたどり着くものさ。だから、僕らはそんな不毛な議論に耳を傾けず、失敗をなるべく避けて通ることしかできない。僕たちの一番の関心事は、どんな写真か、ではなく、何を撮っているのか、なんだ。カメラにローパスフィルターがついてるかどうかは問題じゃない。

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