ハズレ撮影スポット
安達 - 2013-07-17 18:00

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アンニョンハシムニカ皆様。クソ撮影スポットのお時間です。
犬も歩けば棒も歩く。カメラを持ってでかければ、素晴らしい景色に出会うことを期待するのが人情。撮影スポットとして名の知れた土地ながら、訪れた撮影者にありとあらゆる方向から不快感を叩きつける忌まわしいスポットがある。実際に訪れその惨状を目にし耳にし感じ得た残渣を包み隠すことなくここに記録しておきたい。これは単なるログであり個人的な恨みなど何もないことをあらかじめ断っておきたい。

 

1.上野公園

 
どこから流れた金かわからぬが、ボードワン博士像付近の薄汚れた池を掘り返して埋めただけという工期数年の大規模プロジェクトがこのほど完成し、かつて長方形だった大噴水の池に申し訳程度のアールがついた。素晴らしい出来映えを先ほど確認しに訪れたが地味すぎて通り過ぎてしまい写真は無い。

この公園には上野動物園というどうでもいい動物をどうでもいい展示法で並べただけのエリアがあり、中国から一億円で借りたパンダは妊娠の兆候が現れれば展示を中止し蝶よ花よで大事にされている。東京都にはよほどのパンダ好きがいるらしい。西園には不法滞在の鳥類が多数生息し、ハエのたかる不忍池にある小さな島の樹木を糞尿で枯らしてしまった。この池に落ちれば毎ターン600ダメージを受けアリアハンを出たばかりの未熟者なら即死するであろう。

上野公園通の私は中国の海水浴場並に混雑する上野駅を避け、いつも日暮里から谷中〜千駄木〜根津を経由して上野公園へ至るのだが、芸大側からアクセスするとそこの芸大生がこしらえた奇っ怪なオブジェを目にすることになる。過去の記事で「撤去して欲しい」と書いて念じたお陰か当時のゴミは撤去されていたことは喜ばしい限りだが、代わりに新しいゴミが設置されていた。そうじゃない。私が望んでいるのはそういうことではない。

名物とも言うべきものは公園の隅に枠線を引いた中で演奏や大道芸を披露する流しの芸人たちであるが、中にはみていて痛々しくなるものも多く、通行人が苦笑いを浮かべて通り過ぎていく光景を幾度となく目にした。かろうじて憩いのスポットとされていた幻の豚まんの屋台がある付近の猫は姿が無く、代わりに都の象徴であるカラスと不潔なドバトが図々しく行く手を遮る。

東京文化会館方面にはチョコに浸した不気味なバナナが売っていることは知っているが今もあるかどうかわからない。そこいらは散らかっているのでさくら通りを通過してガマの噴水へ向かう。公園内は全面的に禁煙になったが、代わりに臭い通行人が極めて目立つようになった。煙草を撲滅したところで東京が臭いことには変わりなく、不快のボトルネックが移動するだけである。エリヤフ・ゴールドラットは正しかった。

方向を変えて反対側にある東京国立博物館の裏手には決められた時期にしか公開されない勿体ぶった日本庭園がある。中央のヘドロ池はボコリボコリとメタンが泡立ち、すぐ裏手の道路を爆走するバイクと車の爆音が響いて排ガスの風が草木を揺らす。春と秋の見頃の時期にしか入れないにもかかわらず、その薄汚れて疲弊した景色は携帯のカメラに収めるほどの価値もない。

 

2.井の頭公園


若者が住みたい街ナンバーワンなどという恥辱に塗れた吉祥寺の駅を降り立ち、歌舞伎町に立ち並ぶ雑居ビルの裏側がそのまま表にめくれあがったかのような通りを抜けて井の頭公園へ至ると、空き缶や菓子パンの空き袋が浮かぶ汚い池が目に飛び込んでくる。これが春には枝垂れ桜をライトアップし秋には紅葉に覆われる絶景で有名な井の頭池である。
この公園は歴史は古いようだが一般人にとっては古ぼけた公園でしかなく、むしろバラバラ殺人事件の現場として無関係な一般大衆とアトラス株主の好奇心を満たしてくれる。先日は路地裏で強盗殺人があったばかりだ。若者が住みたい街とやらは空き巣やひったくり、殺人が横行する魔界都市だ。

公園内で標準レンズをどこに向けても散乱するゴミや枯れ葉や踏み荒らされたぬかるみや埃まみれの欄干などが射界に入り、シャッターを切ることが難しい。撮りたいと思わせるものが見当たらない。何を期待してるかしらないが、巨大な三脚を抱えNikonの機関銃D4をぶら下げた御仁が池の畔を占拠していた。その80万円のスティンガーミサイルみたいなレンズは別のものに向けた方がいい。

ここには動物園と西園にジブリ美術館などがある。歴史史跡としては家康が茶を入れるのに使った湧き水があるのだが、今では枯れかけの地下水をポンプで無理矢理くみ出しており風情の切片もない。

 

3.高幡不動尊

 
高幡不動駅を下りてまっすぐ歩くと、全国でも類を見ないほどの景観を誇る某天満宮のお膝元で育った私には薄汚れた底の浅さを感じさせる極めて不快な参道を通過せざるを得ないこの土地の構造にはじめから疑問を覚えるのだが、竣工以来一度も乗ったことのない多摩モノレールに高い乗車賃を払った以上はそれ相応の被写体をおさめねば気が済まない。しかしタイミング悪く訪問時には七夕祭りが催されており、巨大なスピーカから衆議院議員の遊説が鳴り響き、参道はなぜか年配の土民と私の膝丈くらいしかないちびっこが溢れており、祭りに不可欠な若い男女の姿がまるで見当たらない。「せっかくだから」とコンバット越前並の無作為な精神で迷った末にたこ焼きを食そうとしたところ「金券買ってきてくれないと困るよ!」と出店のきめんどうしに怒鳴られてしまった。これがメダパニである。どうやら日野市では日本円は使えないらしい。参道をちびっこたちが手に持った棒きれを振り回しながらじりじり歩むが、そのやらされてる感は実に見るに堪えない。そしてスピーカからは何かを説明するガナリ声が響き、外部から見に来た私は土人に押しのけられ、行く手を阻まれ、歩くことさえままならない。祭りとはなにか、現地民はいちど秩父人に土下座して教えを請う必要がある。

気を取り直し高幡不動に分け入るが、その先は普通の小さな不動尊であった。弘法大師に罪はないが、あじさい園は肝心のあじさいで径が塞がれており、功徳を積むことなど未永劫適わない。ここへ来なければ撮ることのできないものはなにもない。どうにもイナリアンの私は寺とは相性が悪い。休憩所で荷物を下ろそうとしたが、数年は掃除されていない有様で、大量の蟻が曼荼羅を描いていた。

ここでは一円たりとも金は落とさぬ、と腹をくくり、私は這々の体で逃げ帰った。

 

4.昭和記念公園


ハヤタカメラの早田さんがLeica M3を評して「一カ所だけみてスゴイんじゃなくて、全体のバランスが物凄く良い」と表現していたが、この公園はその正反対である。

アクセスの悪い西立川駅から下りてすぐに入り口があり、そこで入場料なるものを徴収される。この時点で厭な予感しかしないのであるが、眺望できる風景は悪い物ではない。撮影に不要な先入観を捨て歩みを勧めると水鳥の池があり、そこを迂回してハーブ園へ。カメラを構えるがシャッターを切ることができない。何故か。

橋を渡って原っぱへ向かい、その周囲の径を歩いていると秩父ミューズパークで目にしたのと同じ路上汽車が走ってくる。ディスクゴルフコースがあり、ちょっとした日本庭園があり、高台へ登ると工事中の新施設が望めた。そこで私は気づいたのである。

この公園にはポリシーがない。

およそ公園というものにおけそうなものを空いているスペースに無造作に設置しただけであり、住宅街の真ん中にゴミ処理施設を作って水道などのインフラ整備が手抜かりなシムシティ初心者がやらかした都市設計や、ストロベリーアイスとうどんと餃子とラザニアの臭気が蔓延するジャスコのフードコートなどに通じる猥雑な空気が蔓延している。個々の設置物は特筆すべきものではなく、何も主張せず、花もなければ毒もない。それでいて全体のパランスが非常に粗雑なのである。精神が田舎者なのだ。綺麗な神秘珍々ニコニコ園とも言うべきか。カメラを構えると、被写体の向こう側に何の関係性もない余計なものが写り込み、シャッターを躊躇させる。そして、ここでしかみることのできない風景はもちろん存在していない。

 

5.野田市


駅を下りると排ガスと埃にまみれた背の低い街並みを前に、徒歩で訪れたことを後悔する羽目になる。遠方からわざわざ訪れる土地ではない。醤油を満載した大型車両が粉塵を巻き上げながら疾走する寂れた道路をてくてく歩き、髪と皮膚と鼻腔に大量の砂塵がファンデルワールス吸着を起こしすぐさまUターンして帰宅してシャワーを浴びたいという衝動をどうにか抑え、髙梨本家上花輪歴史館髙梨氏庭園とやらを訪れた。記事を各時点でこの名前を忘れていたため、わざわざネットで調べ直した。その労力すら今は惜しい。

このナンチャラ歴史館は、大雪でへし折れた末をクレーンでつり下げた風情豊かな光景を見て回ることのできる日本庭園で、昔の醤油造りに使われていた道具などを展示しているが、残念ながら屋内は撮影禁止であり、もう一度言うけど撮影厳禁であり、カメラを持って訪れるべきところではない。これでは無駄足ではないか。醤油を愛して止まないのであれば引き留めはしないが、醤油の歴史も調べずに訪れると自分の人生に縁もゆかりもない醤油造りの道具の造型に返り討ちにされる。

庭園の内部は迷路のように入り組み、順路を間違えると同じ処を何周も周回する羽目に陥る。そのご自慢の風景は、家の近所の札所に遠く及ばない。

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