モノクロお蔵出し
安達 - 2013-09-05 10:28

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モノクロフィルムによる撮影とは純粋に不毛な情熱である。

カラー以上にフィルム代がかさみ、DPEに現像させると工場送りとなり戻ってくるのに一週間くらいかかってしまったり、カラーと異なり一体なにがどのように写るのかまったくわからない上にシャッターを切ってもバックモニタで確認することすらできず、一度装填したフィルムは使い切るまでそのISO感度を強制されてしまう。あまつさえ仕上がりはデジタルほど精細ではないのだ。

な に も メ リ ッ ト が な い

それがモノクロフィルムである。これから100TMAXを手にするつもりでいる貴君は肝に銘じて欲しい。

 
長瀞のお祭りにて、飾り付けの派手だった山車。
普通のデジタル一眼であれば縦の撮影はカメラを反時計回りに90度傾けるのですが、ライカはどちらに傾けても採光窓が指で隠れて距離計の二重像が見えなくなってしまいます。

 


山車の前で記念撮影。猫も杓子もデジカメをぶら下げているなか、露出計すらついていない50年前の機械式カメラに、いつ生産中止が発表されてもおかしくないモノクロフィルムを詰めて地方の小さな祭りを撮影している酔狂なカメラマンは私だけです。
あの浅草でも訪れる欧米の観光客はドイツ人でさえNikonをぶら下げていました。愛国心はないのか。

 


夏の長瀞では雪のように繊細なかき氷が売られているのですが、この参道を宝登山へ登ること数分でたどり着く阿佐美冷蔵では、冬の間に山の氷を切り出して保存し、この時期にかき氷として食べることのできる伝説の氷菓子を販売しています。山の水を冷凍してはいけないのかという根本的な疑念がよぎりますが、それを口にするのは無粋なので黙って紳士らしく喰え。

 

 
長瀞の世渡り上手な赤猫。
神奈川の島々で猫を虐待している犯罪者もここまでは来ませんね。猫好きの多いこの地域で猫を虐待すれば、普段温厚な秩父人の逆鱗に触れ、官憲に保護される前に山奥で牛裂きの刑です。日本で最後に武装蜂起した血の気の多い人々であることを忘れてはいけません。

 


モノクロ写真のコツを学ぶ前に、モノクロ写真とは何かを学ぶ必要があります。
「モノクロ写真には色が写らない」
これはつい忘れてしまいがちな、最も重要な基礎です。美しい青空を撮っても、鈍色の空を撮っても、同じようにしか写りません。すなわち、モノクロ写真に空が写り込んでも、曇っているのか晴れているのかわかりにくいのです。天候に左右されにくいとも言えるでしょう。

 


カラー写真では白飛び黒つぶれは撮影者の人格否定にまで及ぶほど忌避されますが、モノクロにおいてはハイコントラスト上等である、上等兵である、タルル上等兵である。ダイナミックレンジの広いモノクロネガの全域を可視濃度に収めてしまうと、単なるカラー写真の劣化グレースケール、眠い写真にしかなりません。

 


モノクロは女性の化粧を剥がしますが、素朴な写りはその人本来の魅力を引き立てます。

 


ここから長瀞を離れ、名栗の集落をフジのNEOPAN400で撮影。ご覧の通り鹿が出ます。
100TMAXの繊細さと異なり、驚くべき粒状感。これがたまらなく好きだと言う変人も多いのは、この粒子のザラつきはデジタルでエミュレートすることが困難だからでしょうか。

 


色がないことによって、鮮やかな花の写真はカラーに見劣りすると考えるのはまだ早い。
白い百合の花の背景がカラフルな街並みであれば、開放撮影では物足りないのです。

 


背景がうら寂しい寒村でありながら鮮やかすぎるオブジェクトを撮影するときも、モノクロは期待以上の威力を発揮します。このてるてるぼうずはオレンジのボディに朱いリボンをつけた色彩の暴力だったのですが、モノクロ効果によって周囲との調和を取り戻したのです。

 


この名栗という地域は飯能から正丸方面へ延びる国道とひた走った先にあり、およそ埼玉で見ることの難しいのどかな村の風景を楽しむことがでます。問題は駐車場がないこと。名栗は観光地ではないので、知らないとお手洗いを探すのにも苦労するでしょう。
さだまさし原作のドラマ「かすていら」のロケ地でもあります。

 


モノクロネガフィルムは+7EV〜-3EV、すなわちオーバー側に強いラティテュードを持っています。
この写真で木の下の軽自動車は真っ黒でしたが、事後処理で露出を上げると車が無気味に浮かび上がりました。

 


ところでモノクロフィルムは普通のDPEで現像することはできず、工場送りとなってしまい、ポジフィルム並みに時間がかかり、現像代も馬鹿になりません。
だから私は初めて手にしたモノクロフィルムから自前で現像を行うことにしました。こうすることで、180本以上のフィルムを消費するという前提において、1本113円までコストダウンすることができます。
モノクロ現像は、道具を揃える、ダークバッグの中でリールにフィルムを巻く、自分用のレシピを書く、という3つの難関をくぐり抜ければどうということのない作業です。

 


さて、名栗を離れて今度は群馬は桐生の明治館です。

 


ISO100なのに室内撮影にも揺るぎない性能を発揮。
こちらの明治館はデジカメ撮影がほとんどで、フィルム撮影の成果がこの二枚だけでした。

 


桐生から北上すること数時間、足尾銅山です。
精錬所の内部には入ることができませんでした。

 


精錬所付近にある廃線の踏切跡。
線路の上にアスファルトが敷かれていますが、線路自体はかろうじて残っています。

 


黄色と黒の人工物カラーに深緑の背景も、モノクロにすると溶けあってしまいます。
かろうじて開放撮影したことで体面を取り繕ってはいますが。モノクロが怖いのはこういうところですね。フィルムでは更に確認できませんから、モノクロになったときにどうなるかを想像しないといけません。

 


こちらは足尾銅山に近い火薬庫跡。
こうした建物の壁面だけが残っており、これらの跡地も周囲を土塁で覆った形となっていて、それは火薬が爆発した場合に備えた構造だったと想像できます。

 


ところ変わって印旛沼付近の踏切。
その向こうには素晴らしい田園風景がひろがっているのですが、死ぬほど暑い日に、よりによってフィルムカメラしか持参しなかったため、その美しい光景をとらえることができませんでした。モノクロは大自然を撮るのに不適切です。

 


こちらは山伏峠付近の秘密の公園。
自然がいっぱいでも、そこに人工物が存在して、それが秩序を与える構造であれば、モノクロ撮影に彩りがうまれます。
残念ながら、この写真はスキャンに失敗してフィルムの端が見えてしまっていますね。

 


秩父神社のお手水。
飽きるほど何度も訪れ何度も撮影したこの場所でさえ、モノクロによってその手彫りの造型が際立ちます。

 


城ヶ島の猫さんたち。みんな仲良し。
あいにくの雨模様でしたが、お陰で他にほとんど客がおらず、快適に撮影を楽しめました。

 


札所二十五番にて。
地蔵群の陰影が素晴らしいです。地蔵そのものは元々黒いのでしょうけど、左上から日光が当たることによって、左上だけが色がはげてしまっているのです。結果、強烈なコントラストが生まれています。

使用したフィルムはKODAKの100TMAXと、フジフイルムのNEOPAN400の二種類。使用している現像液がKODAK製なせいか、コダックフィルムの方が仕上がりが幾分美しいです。
モノクロフィルムは適切に保存することにより、50年以上はプリント可能な状態を保つことができます。デジタルはこれからどれくらい耐久性が向上するか分かりませんが、ちょっとした事故で数年分の想い出がバイナリの海に完全消失するリスクを背負いたくなければ、執拗なバックアップが欠かせず、それはトータルでフィルム管理以上に面倒かもしれません。

 

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